国際人権基準とは?──それを盾に人権を語るのはスジが悪い件

なんつってね

1. 憲法で保障される「自由」と「平等」

日本国憲法は、すべての人に対して基本的人権を保障しています。
第11条では「侵すことのできない永久の権利」、第13条では「個人として尊重されること」、そして第14条では「法の下の平等」が明記されています。

ここでいう「平等」とは、すべてを同じに扱うことではなく、合理的な理由のない不当な差別を排するという意味です。

2. 区別と差別の違い

法的には、「正当な目的」があり「合理的な手段」で行われる違いは「区別」とされます。
逆に、目的が不当であったり、手段が過剰である場合には「差別」と見なされます。

たとえば、不法滞在者に対する強制送還は、出入国管理制度に基づく措置であり、国の主権として正当な区別です。
違法状態にあることに対する是正措置である以上、それ自体を差別とする根拠は乏しいと考えられます。

3. 「非人道的」批判と、その根拠

ただし、この問題において「人道的でない」とされる実態があるのも事実です。
たとえば、2021年にスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが長期収容中に死亡した事件は、日本の入管行政に対する国際的批判を呼びました。

このようなケースは、収容期間や処遇のあり方が「非人道的ではないか」と問われる場面であり、問題提起としては重く受け止めるべきでしょう。

しかしながら、それでも出発点が「不法滞在」であるという法的事実は変わりません。
制度運用の是正は必要でも、その根本にある法的区別までが「差別」とされることには無理があります。

4. 国際法と人権意識の現実

一方で、国際法や国際人権基準を持ち出して日本を非難する動きもあります。
しかし、そうした「国際基準」そのものが、実は普遍的でも中立でもないという現実も忘れてはならないでしょう。

たとえば、国際刑事裁判所(ICC)はプーチン大統領に逮捕状を出したまま侵略戦争を続けさせています。
一方で、アメリカ自身はICCに加盟しておらず、自国の軍人が戦争犯罪などで裁かれることを拒否しています。

また、原爆投下という民間人大量殺戮に対して、謝罪どころか「戦争終結のための必要悪」と正当化する立場が主流です。
そして真珠湾攻撃に関しても、「騙し討ち」とされる一方で、日本側は本来、宣戦布告を攻撃前に届けるつもりだったことが知られています。
実際にはアメリカ側が通信傍受などで「トラ・トラ・トラ」を事前に察知していたとの説もあり、必ずしも不意打ちではなかったとも言えます。
それでも一方的に「日本が悪、アメリカが正義」という構図がつくられ、それに基づき原爆投下までもが正当化されるのは、勝者による歴史の書き換えであり、法的平等とはかけ離れています。

このような「強い者だけが裁かれず、弱い者だけが裁かれる国際法の運用」は、法の下の平等という原則に反しており、むしろ構造的な差別そのものと言えるのではないでしょうか。

5. ひとつの答え──対等な国際基準を望むなら

私は、「国際法に従え」「人権を守れ」と叫ぶこと自体を否定しません。
しかし、それが本気なら、まずなすべきことがあります。

  • プーチンを逮捕する覚悟を見せること
  • 広島・長崎の原爆投下について正式に謝罪すること
  • 戦争に敗れた国や立場の弱い国に対する構造的な差別を見直すこと

それができてこそ、世界が共通して信じられる「平等な基準」がはじめて立ち上がるのではないでしょうか。

というわけで、私は不法滞在の外国人への強制送還について、「非人道的」との議論には関わるつもりはありません。
それが自国の法に基づく正当な区別である限り、その原理が守られて当然です。

もし国際基準を振りかざして「人道的であれ」と煽るのであれば、まずは、国際社会こそ日本国憲法下の“自由と平等”を学ぶべきでしょう。
ここには、国際法よりもずっと筋の通った、誠実な人権意識があります。

なんつってね。

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