MeTooはなぜ日本で“浮いた”のか?
MeTooが日本で広がらなかったのは、怒りが足りなかったからではありません。むしろ、「伝え方」がうまくいかなかったのです。
多くの人が、心のどこかで違和感を抱えていたはずです。でも、その声が「怒りの表現」として届けられたことで、共感の輪が広がりにくくなってしまったのではないでしょうか。
必要だったのは、もっと違う語り方でした。
それは、「怒らないけれど、逃げない語り方」。そして、文化や受け手に合わせて“翻訳”していく視点です。
怒らないけれど、逃げない語り方が必要だった
たとえば伊藤詩織さんの語りは、怒りを爆発させるものではなく、静かに構造に光を当てるものでした。
国連でのスピーチでは、「自分の事件ではなく、日本における性暴力の報告の難しさを話したい」という主旨の発言を重ねています。
著書『Black Box』でも、焦点は怒りや糾弾ではなく、「制度がなぜ機能しないのか」「声がなぜ届かないのか」といった問いに置かれています。
これは、「勇気ある戦い」というよりも、社会に静かに問いを投げかける姿勢と言えるのではないでしょうか。
共感がなかったのではなく、「共感の文法」が失われていた
語りの“翻訳ミス”も、大きな要因でした。
メディアや一部の支援者が、彼女の語りを「正義の戦い」「怒りの象徴」として再編集してしまった結果、もともとの「静かな問いかけ」が「政治的な主張」へと変質してしまったのです。 さらに、MeTooという運動自体が「声を上げた被害者のもの」「フェミニズムのもの」と捉えられ、
「あの空気を知っている」という“沈黙の共犯者”たちが共感を表明する余地が少なかったという面もあります
「私もそこに共感する」と言える語りを取り戻すために
だからこそ今、必要なのは、正義を突きつける語りではなく、問いを差し出す語りです。
- 「私はどうして何も言えなかったのか」
- 「あの空気に、自分も加担していたかもしれない」
- 「でも、今は黙りたくない」
こうした内省と共感の語り直しこそが、日本におけるMeTooの“再翻訳”に求められていたものだったのではないでしょうか。
左派に利用され、右派に批判された
MeToo運動は、次第に日本の政治的言説に巻き込まれていきました。
左派はこれを「ジェンダー正義の象徴」として取り込み、右派はさまざまこれに反発しました。
その結果、本来の目的だった「声を上げられなかった人たちのために社会を変える」というメッセージはかき消され、
当事者だけが取り残されてしまったような構図が生まれました。
ターゲティングのズレがすべてを遠ざけた
MeTooの語りは本来、“今も声を出せずに沈黙している人たち”に向けられるべきだったはずです。
けれども、現実にはその人たちに届く語り方にはなっていませんでした。
怒りや正義の主張は、逆に「自分とは関係のない話」に感じられてしまいます。
本当に必要だったのは、もっとこういう言葉だったかもしれません。
- 「あの場面で見て見ぬふりをしていたのは、私も同じです」
- 「あの空気の中に、自分もいたのかもしれません」
静かで、自分ごととして受け取れる語り方こそが、日本で求められていたのではないでしょうか。
想定される反論とその応答
❖ 反論①:「怒らなければ伝わらない。怒りを抑えるのは抑圧では?」
応答: 怒ることを否定しているわけではありません。 本稿が問うているのは、「怒りが翻訳されていく過程で、本来の語りがどう受け取られてしまったのか」という構造の問題です。 日本社会においては、怒りという語法が伝わりにくい文脈がある以上、怒りを問いとして届け直す工夫も、大切なのではないでしょうか。
❖ 反論②:「MeTooは社会変革の運動なのに、そんなに繊細な翻訳に気を遣う必要があるのか?」
応答: 運動の目的が“構造を変えること”であればこそ、その語りが受け取られなければ意味を持ちません。 ターゲティングの失敗が、かえって沈黙を強めてしまったならば、語りの届き方を見直すこともまた、変革の一部です。 翻訳とは、相手に届くように語り直すことでもあります。
エピローグ|この文章は私自身の自省から生まれました
この文章は、誰かを批判するためではなく、かつて沈黙してしまった自分自身への問い直しとして書きました。
「語れなかった」「気づかなかった」「誰かの声を取り違えたかもしれない」 そんな過去を思い返しながら、今の自分にできる語り方を探した結果が、この試みです。
ChatGPTを使うという選択も、誰かの語りを勝手に代弁することではなく、語りの翻訳を巡る実験のひとつとして行っています。
誰かの語りが誤解されたとき、それに気づいた人がそっと声を上げることが、翻訳の倫理を育てていく。 そう信じて、書きました。
※本稿で紹介した人物の言葉や立場については、筆者の翻訳的解釈を含みます。正確な意図は当人の著作や発言をご参照ください。



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