「自己責任」という言葉にいい印象を持たない人は少なくありません。
リベラルを名乗る人の中には「自己責任論は弱者切り捨てだ」と語る人もいます。
でも、本当にそうでしょうか。自己責任を否定したまま、自由に生きることはできるのでしょうか。
自己責任を嫌う理由
たしかに「自己責任」という言葉は、強者が弱者を突き放す口実として使われてきました。
「努力しなかったお前が悪い」「助けなくても仕方ない」──そんな冷たい響きがつきまといます。
だから自己責任を嫌う人がいるのも自然なことです。
自己責任の本当の意味
けれども本来、自己責任とは「自分で選んだ結果を、自分で引き受けられる」ということです。
それは重荷ではなく、「自分で決められる特権」とも言えるのです。
- 責任を負えるから、他人に決められずにすむ。
- 責任を背負うから、自分で人生を動かせる。
- 自己責任を認めることは、「私は自由に選べる存在だ」という誇りの宣言とも言えるのです。
社会がすべきこと
もちろん社会の役割がなくなるわけではありません。
人が自由に選び、責任を引き受けられるようにするには、土台が必要です。
- 働く口をつくること
- 学び直しの機会を用意すること
- 飢えや病気に沈まない最低限のセーフティネットを整えること
社会が担うべきは「すべてを保障すること」ではなく、「自由に選べるチャンスを用意すること」とも考えられます。
自己責任を否定してしまえば、いつまで経っても自由にはなれません。
私たちはサルのように迷い、転ぶこともあります。
でも、その迷い方や転び方まで含めて「自分で決めた」と思えるなら、人は案外カッコいい。
自己責任って、自分で決める特権のことだよ?
そう考えると、責任は少しだけ自由に見えてくるかもしれません。



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