利己的な人も許してあげて?最後は利他にたどり着くから。──利己と利他の関係論

たぶんですけどね

中野晃一さんの動画「自由のトリクルダウンは起きない 荒んだ世相、もう変えたほうがよくね?③」では、現代日本の「利己主義礼賛」を批判しています。
ざっくりまとめると、次のような内容です。

中野晃一さんの指摘「自由のトリクルダウンは起きない」

  • 相互不信が広がり、利己的な振る舞いが“当たり前”になった。
  • 新自由主義の広がりによって「強者が社会に縛られず自由に振る舞う」ことが肯定されてしまった。
  • 形式的には誰もが自由に利己的に振る舞えるように見えるが、実際は強者だけが得をし、弱者はかえって不自由になる。
  • 富や権力はトリクルダウンしない。強者が自由を拡張しても、弱者の自由にはつながらない。

要するに「利己主義が称賛される社会は、結局は不平等を固定化するだけ」というのが彼のメッセージです。

アダム・スミスが見抜いた人間の本性

アダム・スミスというと「見えざる手」で有名な経済学者ですが、彼の人間観はもっと奥深いものでした。

『国富論』──利己心が社会を動かす

スミスは『国富論』(1776年)でこう書きました。
「われわれが夕食にありつけるのは、肉屋やパン屋の善意ではなく、彼らの利己心による」
つまり、人は自分の利益を追求するが、その営みが結果的に社会全体の利益に資するという考え方です。

『道徳感情論』──人は同情心を本性として持つ

一方で、彼は『道徳感情論』(1759年)では「人間は生まれながらに他者への同情(共感)の能力を持っている」と述べています。
私たちは他人の苦しみを見れば心が痛むし、他人の喜びを見れば自分も嬉しくなる。その性質は本能的なものであり、人間社会の基盤になっているとスミスは考えました。

利己と利他の両立

つまりスミスは「人間は利己的であると同時に利他的である」という二面性を見抜いていました。
利己心が市場を動かし、結果的に公益を生む。そして同時に、共感や同情が人と人のつながりを支えている。
スミスの思想は、単なる経済理論ではなく「人間本性の自然法則」に根ざしたものだったのです。

歴史が示す「必然のトリクルダウン」

中野さんは「トリクルダウンは起きない」と批判しました。確かに「減税すれば庶民が潤う」といった政治スローガンは幻想に近いものです。

しかし歴史を振り返ると、結果としてのトリクルダウンは何度も起きています。

  • 実質GDPの伸び:イギリスの実質GDPは産業革命前(1700年頃)に比べ、1900年にはおよそ8倍に拡大。
  • 寿命の延び:産業革命初期のイギリスの平均寿命は30〜35歳程度でしたが、20世紀初頭には50歳を超えています。
  • 生活水準:工業化と技術革新によって、電灯・上下水道・医療などが普及し、庶民の暮らしは格段に改善しました。

もちろん格差は消えませんでした。しかし強者が利己的に動いた結果として技術革新や生産性向上が起こり、その果実が大衆にも滴り落ちてきたことは歴史的事実です。

「幻想のトリクルダウン」と「必然のトリクルダウン」を分けて考えることが重要だと思います。

マーケティングが証明する「弱者を生かす必然」

現代のマーケティング論も、この必然を裏づけています。
ブランドや大企業が成長するためには、弱者である消費者を喜ばせなければ成立しません。
顧客が「買ってよかった」「また買いたい」と感じなければ、どれだけ強い企業でも市場から淘汰されます。

つまり、強者の戦略はどんなに利己的であっても、必ず弱者を生かす方向に働かざるを得ないのです。
ここに「マーケット型のトリクルダウン」があります。

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おわりに

人間は利己的であり、同時に利他的でもあります。
利己を批判する必要はありません。利己を突き詰めた先に、必ず利他が待っているからです。

だから私はこう言いたいのです。

利己と利他は、互いに背中から包み込むような関係かもね。

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