このくらいでちょうどいいかも?──日本政治の“プロレス民主主義論”

知らんけど

「自民も立憲も国民も維新もれいわも、みんなガンバレ!」 そんなことを言うと「どっち側なの?」「中立ってズルくない?」と言われるかもしれません。

でも、前後左右、政治に揺さぶられる国々を見ていると、実はこれでちょうどいいんじゃないか?と思うようになりました。

与野党の論戦を揶揄してプロレスに例える人がいますが、あれを「逆にわりといい線なのかも?」と、この頃そう思うのです。

そこで、本記事では「日本政治の茶番と本気の絶妙バランス」について、各政党の役割をプロレスになぞって考察します。

与野党論戦=プロレス構造?

本気で戦ってるのに、どこか茶番?──実はそこが味わい深いところ

多少台本めいた暗黙の了解がありそうな一方で、一応のルールもあり、時々ふざけた反則も出るが、その中で、

  • それぞれが「役割」を演じる
  • 本気でぶつかるように見えて、実は観客への問いかけが含まれている
  • 作り込み過ぎず、守り過ぎず、壊しすぎず…適当な熱を帯びている

結局、観客はただの受け身ではなく“茶番だな”と感じながらも、そこそこ価値を見いだしていますが、そんな構造が、日本の政治には必要だったんだろうなと思うのです。

もちろん、ガチでやっている部分もあるのでしょう。

自民と立憲の国会論戦、維新の改革アピール、国民民主党の対決より解決仕草、れいわの濃い目の街頭演説……。

でも、それら全部を真正面から受け止めると「んなアホな…」と思わざるをえないことがよく起きます。

そこで、もしそれぞれが「興行の一部」でそれをやっているのだとすると、全てストンと腑に落ちるのです。

それぞれの政党、それぞれの役どころとは?

レスラー紹介:あなたの推しはどのタイプ?

プロレスで言えば、ヒール(悪役)もベビーフェイス(善玉)も、それぞれがリングに必要な存在です。

日本の政党も、それぞれのスタイルで観客(有権者)に問いを投げかけています。

  • 自民党:王者ポジション。人気も批判も集める「守りのチャンピオン」。ときどき強引な技を決めてくるけど、それも想定内。
  • 立憲民主党:正統派ベビーフェイス。ルールと正義を重んじるスタイルだが、時折「正しさ」にとらわれすぎて自滅する。
  • 国民民主党:バランス型レスラー。相手に合わせて技を出す「対決より解決」スタイル。そのため埋没もしやすく、売れない実力派と呼ばれていた過去を持つ。
  • 維新の会:アクロバット系。派手な技を繰り出しながら、観客の目線を意識したパフォーマンスに長けている。良くも悪くも“見せつける”。
  • れいわ新選組:ハードコア系。激情のマイクパフォーマンスと破壊的な攻撃で、会場の空気を一変させる。少数精鋭で突っ込んでくる危うさと魅力。

右も左も“設計主義”?

思想の違いはあっても、どちらも「こうあるべき」に縛られている

右も左も、実は“設計主義”という意味で構造が似ています。

  • 革新左翼は「新しい社会像をつくる」ために設計する
  • 革新右翼は「守るべき伝統像」を制度に落とし込む

どちらも「あるべき社会」を前提にして、制度を設計し、人を当てはめる。

それは時に、優しい顔だったり、時に倫理的な顔つきだったりをしながら、全体主義へと向かっていく。

そちらへ進めば、国民は画一化を強いられて、きっと自由や多様性がトレードオフになるのでしょう。

自由があればいいってもんでもない?

アメリカ型にはなれない日本──けど、それでいいのかもしれない

それじゃあ、自由があるのがいい社会なのだろうか?

アメリカは左右の分断が深いように見えて、実はどちらの側も「個人主義・自由競争・国家最小化」の前提に立っています。

アメリカが世界一の強国でグレートなのは、この完全版の自由競争の上に立脚しているのかもしれません。

ただしかし…、あの酷い格差の世界観は、あまり居心地良さそうにも思えません。

というわけで、全体主義にも個人主義にも振れていかない、日本の「プロレス民主主義」は、そこまで悪くないのではないかと思うのです。

共産党は異質で天然の格闘家?

なぜ共産党は“シナリオ外”に見えるのか?

「自民も立憲も国民も維新もれいわも、みんなガンバレ!」と言っておいて、共産党は入れていない──ここはツッコミどころです。

実のところ、共産党だけ“演者”というより“シナリオ外からマジで殴ってくる存在”に見えるのです。

一定のファン層を持つこの政党が、もしもこのマジさ加減のまま党勢拡大していったら、前述の全体主義へまっしぐら…。

なので、少し距離を置いてしまうのですが、実はここにも存在価値は十分にあります。

やっぱり、民意はクレバーなので、共産党の党勢は縮小傾向が続いています。

あくまで極小政党という前提に立てば、このひとり勘違いの政党もぴりっとしたスパイスとしてすごく大事な役割が見えてきます。

というわけで、ここで改めて共産党もガンバレと付け加えます。

おわりに

いいプロレスを見せてください──観客のために

政治がガチすぎて左右に振れ過ぎるのも、効率や成果ばかりを追いかける方向へ飛んでいくのも、どちらも息苦しい。

だから、適度な本気と適度な茶番が共存するプロレス民主主義で、

作り込み過ぎず、守り過ぎず、壊しすぎずで、ちょうど良さそうに思うのです。

実際、日本の政治は、課題も多い一方で、安定性・秩序・実務能力・国際協調という観点から一定の評価を受けています。

特に「急激な変動が少なく、粛々と制度が運用される国」として、社会の信頼感と安心感を支える政治基盤が機能していると見ることもできます。

問うとすれば、「このプロレスは、ちゃんと観客(有権者)のためになっているか?」

この視点が常に大切、ということでしょうか。

自民も、立憲も、国民も、維新も、れいわも、そして共産も── それぞれのリングで、それぞれの役割を、今日もどうぞがんばってください。

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