※この記事は、シリーズ「信頼が価値を動かす時代に、ブランディングの未来を考える」のvol.3です。前回までの内容は文末にまとめています。
「お金の価値」が変わってきた
かつてCD1枚に3,800円を支払っていた時代がありました。
10曲の音楽を所有するために、それだけのお金を払うのは当たり前のことでした。けれど今、月額1,080円で音楽は聴き放題になり、何千万曲もの音源に、指先ひとつでアクセスできる時代です。
これは単なる値下げではありません。
お金の価値そのものが相対的になり、「何に払うのか」「何のために払うのか」という基準が大きく変わったということです。
それは音楽に限らず、映像、教育、デザイン、そして衣食住に関わる日常品にまで及びます。
洗剤ひとつ、Tシャツ一枚にも、「どこで、誰が、どうつくったのか?」という物語や信頼の構造が求められるようになっているのです。
お金という“対価の物差し”が揺らぐ中で、人々がより頼るようになったのが信頼と意味でした。
では、もしお金という共通単位がもっと曖昧になっていったら?
もし通貨が主役の座を降りた世界で、人は何を信じ、何を選び、何に価値を感じるのか?
この稿では、「通貨なき社会」において、ブランドがどのように価値のメディアとして機能するのかを考えていきます。
ブランドは新しい交換の単位になる
なぜ、それを選ぶのか?
この問いに対する答えは、かつてはシンプルでした。
安いから。品質がいいから。みんなが使っているから。──そうした機能的・合理的な判断基準が、消費の主流を占めていたのです。
けれど今、同じような機能を持つ商品があふれるなかで、人々は価格やスペックを超えた理由でモノを選ぶようになっています。
たとえば、スマートフォンでいえば Apple を使っているという事実そのものが、ある種の社会的な記号=価値として作用します。
あるいは、スターバックスでコーヒーを飲むという行為には、単なるカフェイン摂取以上のライフスタイルや共感の感覚が含まれていることは、多くの人が直感的に理解しているはずです。
今やブランドは、通貨のような交換の単位として機能しているのです。
人はお金を支払ってモノを手に入れるのではなく、
信頼や意味と引き換えにブランドを選び、それを日常に取り入れていく。
そしてその選択は、自分自身の価値観や立場、所属や願望といった、より深いアイデンティティの表現にもつながっていきます。
意味を持ち続けるブランドは物語と構造を持つ
ブランドは、ただ目立つだけでは続きません。
一時の注目を集めることと、長く信頼され続けることはまったく別物です。
では、意味を持ち続けるブランドに共通するものとは何でしょうか?
ひとつは、物語です。
誰が、なぜ、何のためにこのブランドをつくったのか。
その語りがあることで、商品は単なるモノから、「選ぶ理由」を持った存在へと変わります。
もうひとつは、構造です。
ブランドがどのように社会との接点を築き、どのように信頼を積み上げているかという仕組みです。
いくら魅力的なストーリーがあっても、それを体験として伝える構造がなければ、物語は風化していきます。
たとえば家電ブランドのバルミューダは、「感性に訴えるテクノロジー」を掲げ、使い手の体験に重点を置いた設計を徹底しています。
その背景には、「なぜこれをつくるのか」「どんな生活を届けたいのか」という物語が一貫して織り込まれており、単なるプロダクト以上の共感を獲得しています。
そしてそれを支えているのが、音、操作感、配置など、細部にわたる設計の積み重ねです。
意味を持つとは、感動させることではありません。
解釈され続けること、そして選ばれ続けることです。
デザインとは、“残す”ための設計である
ブランドのデザインというと、ロゴやパッケージ、ウェブサイトの見た目などを想像しがちです。
しかし本当に残るブランドを支えているのは、伝わり続ける仕組みとしての設計です。
誰の、どんな信頼に応えるブランドなのか。
その価値が、どのように人と出会い、どのように解釈されていくか。
たとえば、どのメディアに載るのか。どの価格帯で、どの売り場で。
SNSのトーンは?接客の雰囲気は?
それらすべてが、ブランドを体験するインターフェースであり、意味の伝達路なのです。
重要なのは、それらがぶれずに積み重なっていくこと。
ブランドは、記号ではなく経験のレイヤーとして、生活の中に残っていくのです。
デザインとは、「伝える」ことではなく、「残す」ための設計である。
解釈が育つ環境を整えることこそが、本質的なブランドデザインの役割なのだと思います。
「信じられる価値」をどう育てるか?
どれだけ優れた商品をつくっても、信頼されなければ人は選びません。
信頼は、時間をかけて積み上げていくものです。
裏切らず、丁寧に更新されていくこと。それが「信じられる価値」の正体です。
ただし、頑なに変わらないだけでは共感は続きません。
反対に、流行に迎合しすぎても何を信じていいかわからなくなる。
大切なのは、「このブランドならちゃんと変わっていける」と思ってもらえる芯のある柔軟性です。
ユーザーの声を受け止めて改善する姿勢。
時代に応じて語り直す勇気。
既存のファンと、これから出会う人の両方に向けた誠実な振る舞い。
信頼とは、「知っている」ではなく、「信じていたい」と思わせること。
そう思ってもらえるブランドこそが、これからの時代を超えて選ばれていくはずです。
お金が消えても残るもの
お金は、もともと信頼の象徴でした。
価値を一律に交換できる社会的なインフラとして、長く機能してきました。
けれど今、私たちはその“かたち”や“重み”が曖昧になっていく時代を生きています。
タダで使えるサービス、月額で使い放題のコンテンツ、ポイントやスコアで動く経済圏。
お金という共通単位が舞台の奥に引き、代わりに「選ばれること」そのものが価値の中心に置かれるようになってきました。
では、そのとき何が価値を担うのか?
それは、信頼です。
このブランドなら大丈夫だと思えること。
どんなに技術が進化しても、経済が抽象化しても、人がブランドや物語を信じたいという気持ちだけは、変わることがありません。
ブランドとは、そうした「信じたい」を受け止める器なのだと思います。
どこで買うか、何を選ぶか、なぜそれに惹かれるのか。
その基準が、お金ではなく「信じられる価値」になっていく時代。
私たちはこれからも、意味を求め、共感を探し、名前に、デザインに、態度に、希望を託していくのではないでしょうか。
お金が消えても残るもの。
それは、ブランドが受け止め続けた、信頼というかたちのない価値かもしれません。
企業会計では、それを無形資産と呼びます。
積み上げてきた信頼、愛され続ける名前、変わらない理念。
それらは物でもなく、数値でもなく、未来に向かって残っていく目に見えない貯金です。
続けていくということは、それだけで価値を生んでいる。
ただ流行を追いかけるのではなく、ただ革新を起こすのでもなく、
人にとって「信じていたい」と思える何かを、絶やさず続けていくこと。
その姿勢こそが、通貨なき社会におけるブランドの本質であり、
信頼が価値を動かす時代の、もうひとつの通貨なのだと思います。
シリーズ:信頼が価値を動かす時代に、ブランディングの未来を考える
- vol.1 ヴィトンが通貨である理由
―ヴィトンが通貨になる時代?お金が消える未来とブランディングの役割とは - vol.2 信頼を設計する時代のブランド論
― ブランド構築の4層モデルとは? - vol.3 通貨なき社会における「ブランド」の役割は何か?
― 意味を持ち続けるためのデザイン戦略(本稿) - vol.4 「信じられる価値」をどう育てるか?
― 時代が変わっても通用するブランド作法とは - vol.5 お金が消えても残るもの
― ブランドに託された希望と、その限界について



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