ヴィトンが通貨である理由

知らんけど

信頼が価値を動かす時代に、ブランディングの未来を考える vol.1

「お金が無くなるかもしれない未来」と私の戸惑い

ブランドは、これからも人の心を動かし、価値を動かしていけるのだろうか?
「お金がなくなるかもしれない」と言われる時代に、私はあらためてブランディングの本質について考えてみた。

最近、経済学者の成田悠輔さんらが「将来的にお金がなくなるかもしれない」と語っているのを目にしました。
生産性が極限まで高まり、AIや自動化が社会の隅々まで行き渡れば、
ほとんどのモノやサービスが“タダ同然”になる。
そうなれば、交換手段としてのお金は要らなくなるのでは──という未来像です。

それを聞いたとき、私はふと立ち止まりました。

「じゃあ、これまで私がやってきた“ブランディング”という仕事は、未来においてどんな意味を持つのだろう?」

ヴィトンはなぜ高くても売れるのか?

ルイ・ヴィトンのバッグは、もちろん良いモノです。
でも、「良いモノ」なら他にもあります。
それでもヴィトンが選ばれる理由は、ブランドが持つ“信用力”にあると思います。

あのロゴなら間違いない
あの世界観に共感できる
あのブランドを持つ自分でいたい

それは品質の証明であり、共感の象徴であり、信頼の前払いです。
ブランドとは、ある種の「未来への信頼契約」だと、私は思います。

ブランドはすでに“通貨”になっている

ブランディングの本質は、「お金が動く前に、心が動く」ことだと思っています。

ヴィトンだから買う
アップルだから待つ
あの人が薦めるから信じる

ここでは、お金よりも先に“信用”が流通しているのです。
つまりブランドとは、もはや通貨そのものとも言えるのではないでしょうか。

お金の役割が変わるかもしれない未来

成田さんらの見立てのように、もしも将来、お金の役割が薄れていく日が来るとしたら、
私はブランドの意味もまた変わっていくのではないかと思います。

たとえば、著述家の谷田川惣さんは、
「これまでの資本主義は、希少性によって価値を生み出してきた」としたうえで、
「生産性が極限まで高まれば、価値は“実用性”や“機能性”に回帰していき、
その結果、お金という交換の媒介が必要なくなるかもしれない」と語っています。

極端な話、誰もがモノやサービスにほとんどコストをかけずにアクセスできるようになれば、
「何を持っているか」ではなく「どれだけ役に立つか」が、価値の中心に置かれるようになるかもしれません。

ブランドは「信頼」で残る

そうなると、ブランドに求められるものも変わってきます。

特別であることよりも、信頼できることへ
高価であることよりも、社会に役立つことへ

ブランドとは、本来「信頼の装置」だった。
その本質に立ち返るなら、たとえお金の価値が揺らぐ時代が来ても、
ブランドはなお、社会の中で意味を持ち続けるのではないか──
私はそう考えています。

信頼は「共感」の上に築かれ、「共感」は「物語」から生まれる

ブランドが価値を持つ理由を、もう少し分解してみると、
それは単に「有名だから」とか「高級だから」という話ではないと私は思います。

ブランドが信頼を得るのは、その背後に共感があるから。
そして、その共感は、さらに物語に支えられています。

物語 → 共感 → 信頼 → ブランド

この流れは、企業でも個人でも同じです。
「どんな想いで、どんな課題に向き合ってきたか」という物語が、
共感を生み、信頼を築き、やがてブランドになる。

お金がいらなくなる時代が来たとしても、
この物語の力は、きっと残り続けるのだと思います。

ブランディングは、未来の通貨インフラである

私はこれまで、商品の価値をどう届けるか、
企業の信頼をどう構築するかという仕事に向き合ってきました。

それは単なる広告ではなく、信頼を設計し、共感を流通させる仕組みをつくる営みです。
もし、お金の時代が終わるとしても、そのとき私たちに問われるのは、
信じられる価値をつくること」の意味ではないでしょうか。

ヴィトンは、もしかすると紙幣よりも長く生き残るかもしれません。
なぜなら、人はいつまでも「信じられるもの」を探しているからです。

シリーズ:信頼が価値を動かす時代に、ブランディングの未来を考える

vol.1 ヴィトンが通貨である理由
― 信頼が価値を動かす時代に、ブランディングの未来を考える
※本稿

vol.2 信頼を設計する時代のブランド論
― ブランド構築の4層モデルとは?

vol.3 通貨なき社会における「ブランド」の役割は何か?
― 意味を持ち続けるためのデザイン戦略

vol.4 「信じられる価値」をどう育てるか?
― 時代が変わっても通用するブランド作法とは

vol.5 お金が消えても残るもの
― ブランドに託された希望と、その限界について

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